フィクション

唐突だが、一人の男を思い浮かべて欲しい。

彼は全身汗まみれのまま河川敷の芝生に座り、右から左へと走って行く数々の男女を、ただ眺めていた。

かつては情熱に溢れていた彼の目は、まるで死んだ魚のようだ。


時計の針を戻すこと数時間前、彼は意気揚々とフルマラソンのスタートラインに立っていた。

己の実力を考慮して3時間20分完走ペースで走り始めた彼だが、次第にテンションが高まるとともに脚の動きも速まり、1時間25分で中間地点を通過した。

夢の2時間台が視野に入った彼は、興奮して走り続けた。


しかし、中間地点を過ぎてまもなく、心肺機能が悲鳴を上げ始めた。時計を見て我に帰った彼は、想定以上のスピードで走り続けてきたことに気付き、わずかにペースを落とした。

それでも呼吸が安定する様子がないので、彼は脇道に逸れて少し休むことにした。

「なぁに、1分も休めば呼吸も落ち着くだろう。欲を張り過ぎて、一時は2時間台が頭にチラついたが、これからは本来の3時間20分を目指して走ればいいさ。」


しかし、1分間休んでから走り始めても、体力が数十秒も持たない。少し走っては休み、また少し走っては休む、ということを何度か繰り返した。

中間地点までは、想定以上の記録が出せることへの期待もあり、普段以上に走ることが楽しかった。でも今は、走ることは苦痛でしかない。

「それに、翌日に用事があるから疲れを溜めたくないし、今日はもう走るのをやめてしまおう。」

そのような思いに至り、彼は脇道に逸れて座り込んでしまった。

今まで追い抜いてきたランナーに、次々と追い抜かれて行く。以前なら悔しかっただろうが、今は何とも感じない。


そうして走り去るランナーをぼんやりと眺めながら、何時間経った頃だろうか。

ある瞬間、沿道の観戦者が彼を励ましてくれた。

「今から走り出せば、気合い入れれば完走できるぞ! 怪我が無いなら、もうひと頑張りしてみるといい。」



今さらそんなこと言われても・・・

座り込んでしまった直後に励ましてくれるならまだしも、今やすっかり体も冷え切ってしまい、熱意も冷めてしまった彼には、これから走り出す元気なんてありゃしない。


さて、彼はどうする?



これはただのフィクションですが、


彼→フタパラ
フルマラソン→大学院での研究
翌日の用事→入社後に必要な勉強
沿道の激励→僕の教授


と読み替えたらフィクションでなくなる ・・・なぁんてことはありませんよ(笑)