有給取得率の向上、残業の抑制に向けて

有給取得率の話をするとき、「会社は有給取得率の向上を目指しているが、従業員が『会社に迷惑がかかるから』と遠慮して休みをとらない」という話をよく目にします。
これだけ聞くと、「日本人の譲り合いの精神」のような美談に聞こえますが、そうではなく従業員と会社という二極構造に収まらないために生じる、縦社会の構造的な問題だと思います。

例えば、以下のような、日本の伝統的なピラミッド型の人員構成の組織を仮定します。

  • 【平社員100人、係長20人、課長5人、部長1人】

平社員が風邪や私用で有給をとるとき、「会社に迷惑がかかるから」とよく言いますが、ここでいう「会社」とは「企業のブランドイメージ」とか「今期の純利益」とか会社そのものへの悪影響を指しているのではありません。休んだ人の仕事が、誰にも触れられず放置されるのならいざ知らず、現実にはその仕事を同僚が肩代わりすることになります*1。つまり、「会社」という漠然とした組織ではなく、日頃職場で仲の良い○○さんという固有名詞を思い浮かべながら、「あの人に迷惑がかかる」と言っているわけです。
同様に、「取引先に迷惑がかかる」と言った場合も、取引先の会社そのものへのインパクトではなく、取引先の担当者を困らせることや、取引先との関係が悪化することでの自身の処遇悪化を懸念しているわけです。

このような平社員一人ひとりの案件状況を把握しているのは係長か、せいぜい課長までです。そんな中、部長が早帰りや有給取得を促したところで、「こっちだって案件さえなければ帰りたいさ。案件も掃かずに好き勝手言って、呑気なものだ」と平社員の神経を逆なでするだけです。

さらに悪いことに、近年では新規採用の抑制と少子化によって、冒頭のようなピラミッド型の人員構成が以下のように崩れることも珍しくありません。

  • 【平社員50人、係長40人、課長20人、部長2人】

すると、平社員の不満もいっそう強まり、「昔100人でやっていた仕事を50人で掃いている。係長は、早帰り促進のための会議を開いてる暇があるなら、少しでも自分の案件を手伝って欲しい」と思うのももっともです。業務効率化を一定程度進めても、人員構成の変化のスピードには追いつかないでしょう。
これは一度昇進したら降格しない年功序列制度の弊害ですが、ここに書いたように「育児や介護の期間だけ男性も一般職に職種変更し、再び総合職に復帰する」など個々のライフスタイルに合わせた人事考査が実現すれば、平社員にとっても案件の引き取り手が増加するし、役付者にとっても家庭との両立がしやすくなるのではないでしょうか。

*1:翌出社日に自分がその仕事をする場合でも、長期的な業務量調整を通じて間接的に同僚の負担が増すことになります

労働市場での女性の活用

労働市場での女性の活用」が安倍総理の肝いり政策として取り沙汰されています。
採用活動や部下育成だけでなく、職場環境そのものに関する議論においても、なにかと女性の雇用に紐づけて議論されます。
しかし、働く女性は大きく以下の2つのタイプに分かれるにもかかわらず、どちらにも顔を立てようとして玉虫色の政策になっているように思えます。

  • 【タイプ1】男性と同様に出世コースを歩みたいが、女性であることを理由に周囲から適正な人事評価が行われない*1
  • 【タイプ2】職場での肩書きや地位にこだわりはなく、むしろ子育てに十分時間をかけたいが、配偶者の収入を補うためには専業主婦やパートでは足りず、正社員としての給料は望んでいる。

【タイプ1】に関して、「優秀なのに女性であることを理由に人事評価が低くなる」ということは、現在はほとんどないように思えます。ただし、「女性であることを理由に【タイプ2】であると偏見を持たれ、成長機会が与えられない。その結果、同期の男性社員と同じ努力をしても成長速度が遅くなる」ということはあるかと思います。
【タイプ2】に関して、周囲から【タイプ1】だと思われて数々の成長機会を与えられるにもかかわらず、それを生かした昇進のための自己研鑽を行わず、周囲を失望させてしまうのはお互い不幸だと思います。また、【タイプ2】の学生が就職活動で【タイプ1】のような先輩OGに会わされたら、その会社そのものを敬遠してしまうでしょう。

以上のように、【タイプ1】と【タイプ2】を明確に区別することが重要です。そこで、以下の2つが求められるのではないでしょうか。

  • 総合職⇔一般職の職種変更の柔軟化
  • 男性の一般職への職種変更促進

入社時点では【タイプ1】と【タイプ2】を「総合職」「一般職」と一応区別していますが、入社後の環境変化には対応しきれないように思えます。そのため、総合職の女性が子育てとの両立に悩み、退職してしまうケースが多いように思います。そこで、「子供が小学校に上がるまでの期間だけ一般職として短時間勤務し、その後総合職に職種変更する」などの柔軟な対応ができれば会社としても人材の流出を抑制できるはずです。
また、夫婦ともに総合職の役付きの場合、親御さんが近くに住んでいて関係が良好であるなどの事情がなければ、子育てとの両立はなかなか難しいと思います。そこで、夫婦が時期をずらして(例えば4年間ずつ)一般職として短時間勤務するという選択肢も求められるのではないでしょうか。
現状では一般職の男性は少なく、「総合職になれなかった人」といった偏見をいただかれるでしょうが、今後は男性が胸を張って一般職を名乗れる社会が必要かもしれません。

*1:【タイプ1】の中には、「出産・育児のブランクが昇進の阻害要因となることを自信が危惧している」という声も聞きます。これは、それまでの勉強の蓄積に基づいて新しいことを学んできた大学生に多い誤解ですが、成長著しい一部業種の専門職を除いては、休んでいた期間の出来事を復職時にすべてキャッチアップしなければならないということはありません。むしろ大企業では定期的な人事異動で業務内容が一変することも珍しくないため、仕事のやり方という基本だけ押さえていれば、仕事のブランクによって課長としての素養が失われるということはないはずです。むしろ本文で述べているように、【タイプ1】の女性が【タイプ2】であると偏見を持たれることが問題です。

ハイゼンベルクの不確定性原理について

量子論の基本的な問題が、巷で話題になっているようです。


ハイゼンベルク不確定性原理を破った! 小澤の不等式を実験実証
http://www.nikkei-science.com/?p=16686

この話題は、1月17日(16日だったかな?)の日経新聞(朝刊)の1面記事や、科学面、「春秋」などでも取り上げられていたので、ちょっと取り上げてみます。

特に、「物理の基本法則が誤りだと判明した」というニュアンスの(語弊のある)表現が蔓延っているのが心外というか、もどかしいので、不正確な表現を改めることを主な目的として、このエントリーを書くことにします。なお、このエントリーの読者としては、ブラケット表現を用いた量子論を理解できる人を想定しています。

  • \Delta x \Delta p \geq \hbar /2について

大学の物理の授業で習う不確定性関係は、普通この小見出しのような形をしています。この式は、普通以下のように「導出」されます:
状態| \psi \rangleに対して、演算子\hat{x}_{\rm dif}\hat{p}_{\rm dif}を、\hat{x}_{\rm dif} \ :=\hat{x} - \langle \psi | x | \psi \rangle\hat{p}_{\rm dif} \ :=\hat{p} - \langle \psi | p | \psi \rangleと定義すると、 [ \hat{x} , \hat{p}] = i\hbarに代入することで、 [ \hat{x}_{\rm dif} , \hat{p}_{\rm dif} ] = i\hbarが導ける。
任意の実数\lambdaに対して、ベクトル( \hat{x}_{\rm dif} + i \lambda \hat{p}_{\rm dif} ) |\psi \rangleは同じヒルベルト空間の元、従って非負であるから、このノルムは非負である。よって、\lambdaの2次式 \| ( \hat{x}_{\rm dif} + i \lambda \hat{p}_{\rm dif} ) |\psi \rangle \| ^2 = \lambda ^2 \langle \psi | \hat{p}_{\rm dif}{}^2 | \psi \rangle - \lambda \hbar + \langle \psi | \hat{x}_{\rm dif} {}^2 | \psi \rangleは、実数\lambdaの値によらず0以上となる。よって、判別式≦0を解いて、\langle \psi | \hat{x}_{\rm dif} {}^2 | \psi \rangle \langle \psi | \hat{p}_{\rm dif} {}^2 | \psi \rangle \geq \hbar ^2/4.
系の状態|\psi \rangleにおいて物理量Aを測定したときの測定値の分散は、(量子論うんぬんとは無関係に統計学での定義により)\langle \psi | \hat{A}_{\rm dif} {}^2 | \psi \rangle となるので、測定以前の物理量Aのゆらぎを\Delta Aと表すならば\Delta x \Delta p \geq \hbar /2が言える。



ハイゼンベルクは、当初不確定性原理を説明する際に、
電子顕微鏡を用いて位置\hat{x}を測定するためには、精密な測定であればあるほど、照射する電子の運動量\hat{p}を大きくしなければならない。これによって系の運動量は乱される。測定精度\varepsilon_{x}と測定の反作用\eta_{p}を同時に小さくすることはできない」
といった例を用いていた。しかし明らかに、この\eta_{p}不確定性原理を導出した際に登場する\Delta pとは別物です。(記法はリンク先の日経サイエンスの記事を念頭に置いています)
この点を誤解して、\Delta x \Delta p \geq \hbar /2が示されていることをもって、\epsilon_{x}\eta_{p} \geq \hbar /2は必ず成立する、と主張している人がいますが、これは間違いです。



量子測定理論以外の物理学者は、その日の気分次第で、「不確定性原理」という言葉をいろんな意味に使用します。

このエントリーの冒頭で不確定性関係を導出した文脈では、「状態|\psi\rangleを用意してはxを測定する」という行為を何度も繰り返し、その測定とは別個に「状態|\psi\rangleを用意してはpを測定する」行為を何度も繰り返す、という意味です。その点を誤解している記述も多いです。

また、時間とエネルギーの不確定性と称して、\Delta t \Delta E \geq \hbar /2を掲げる人もいますが、これは全く別の話です。(経過時刻tと、測定で見分けられるエネルギー幅E _{\rm gap}の積についての関係式ですが、これはE _{\rm gap} = \hbar \omega _{\rm gap}を使って t \omega _{\rm gap} \geq 1/2と変形すれば、古典波動論でも知られる関係式になります。)
そもそも時刻tは(少なくとも非相対論の範囲では)可観測量ではないので、「tの測定誤差」とか「tのゆらぎ」とか言うのは意味が分かりません…。


  • 結論:今回の研究成果について

前置きが長くなりましたが、というかエントリーの大部分が前置きになってしまいましたが、小澤の不等式は測定精度\epsilon_{x}と測定の反作用\eta_{p}についての関係式であり、これは数学的に証明できる\Delta x \Delta p \geq \hbar /2とは別物です。
小澤の不等式によって量子論の前提が崩れるわけでもなければ、量子論の研究者に衝撃を与えるというようなものではありません。
(とは言え、今回の研究が凄くないというわけではありません。小澤の不等式は\epsilon_{x}\eta_{p}を用いた非常にシンプルな関係式を提示しており、素晴らしい研究成果です。量子測定理論に携わっている研究者なら皆、小澤の不等式を知っているでしょう。また、これを実験的に検証したことに関しても、人間がここまで量子の世界を操れるようになったという点で重要な成果です。)

日経新聞の「春秋」で、この研究が「ニュートリノが光速を超えた」という(恐らく間違っているであろう)研究と同列に扱われていることに危機感を覚えたので、筆をとってみた次第です。

フィクション

唐突だが、一人の男を思い浮かべて欲しい。

彼は全身汗まみれのまま河川敷の芝生に座り、右から左へと走って行く数々の男女を、ただ眺めていた。

かつては情熱に溢れていた彼の目は、まるで死んだ魚のようだ。

続きを読む

無賃乗車は有罪なのか

始めて聞いた人は驚くと思われる話を紹介します。実は、食い逃げは方法によっては無罪になるのです。


なぜ「食い逃げは無罪」なのか? −利益窃盗−

続きを読む

ピタゴラスの定理の神秘

先日、\int _{-\infty}^\infty \exp(-x^4) dxを計算する必要が生じました。そこで、当然のようにガウス積分と同じ方法で計算しようとしたのですが、はたと手が止まってしまいました。

求める積分値の2乗、或いは4乗を重積分で計算しようとしても、x^4 + y^4 + \cdots極座標に変換できないのです。


そのとき改めて、\int _{-\infty}^\infty \exp(-x^{|n|})dxの形の積分の中でも、n=2の解法*1はかなり特殊だということを思い知らされました。どういう点で特殊かと言うと、三平方の定理という幾何学の定理に依存している点です。

*1:ここでは、重積分を使った通常の解法を想定しています。複素積分を用いても、かなり複雑な関数と積分経路を選べば計算できるようですが、そちらへの言及は割愛します。

続きを読む