Bellの不等式の検証実験 (ちょっと真面目)

来年から僕は、量子情報とかいう分野に進むことになったわけですが、この分野でしばしば次のような記述に出くわします:


「Bellは、古典実在論だけで自然界を記述できるか否かを実験的にチェックできる不等式を提出し、さまざまな実験家の努力の結果、18年後にようやく実験的に決着がついた
この手の記述に、以前から引っかかっていました。
初めてこの議論に触れたときも、五月祭の原稿を書いたときも、夏学期特別実験のレポートを書いたときにも、違和感を感じつつもスルーしてしまったのですが、そろそろ頭の中の整理を兼ねて、文章に起こしてみたいと思います。
この文章の目的は、Bellの不等式の位置づけを(主に自分の頭の中で)再確認することです。オチはないので、興味がある人以外は読まなくてもいいです。



Bellの不等式(1964)にまつわる、理論面からの主張は、


現在の量子論の体系で予言される特定の現象は、古典実在論から導かれる不等式と矛盾する
というものである。


これ自体非常に強力な主張であり、Bellの論文からの理論的な帰結として、

(可能性1)人間の素朴な直観だけでは、非日常的な現象を記述しきれない
(可能性2)ほとんど全ての予言において正しく自然を記述する量子論も、Bellの論文で考察された特定の例においては、自然を完全に記述しない

のいずれかが成立しなくてはならない。ここで、(可能性1)を導くことが我々の目的である。
(11月9日加筆)――――――――
そのためには、「Bellの不等式」という「古典的な概念が成立する限りは必ず満たさなくてはならない不等式」が破れている例を見つければ良いわけである。
しかしそのような「Bellの不等式の破れ」は、現在の量子論の体系にのっとって計算すれば確認できることなのです。もちろん、現在の量子論が(哲学的な意味はともかく、実用上は)常に正しい結果を与えることを前提としますが。

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次に、Aspectらの実験(1982)によって分かったことは、(さまざまなloopholeがクリアされていることは認めたとしても、)


電磁場の量子化など、現在の量子論の体系が(少なくとも実験に応用される範囲で)自然界を正しく記述するという仮定の下で上記の(可能性2)が排除できる(i.e. 正しく自然現象を記述する)(11月9日修正)「Bellの不等式」が破れている実験的な例の存在を主張する
ということである。通常の量子光学の実験では、電磁場の量子化の手続きなどが正しいことを前提とするので、下線部の条件は必要である。


現在の量子論は、あらゆることに応用して成功しているので、僕はここでBellの不等式の検証実験において場の量子論を仮定していることに不満を述べるわけでもないし、検証実験が無意味だと主張するわけでもありません。ただ確認したかった点は、Bellの不等式の検証実験の成功によって、何か新しい事実を導かれるわけではないということです。
すなわち、Bellの不等式の検証実験の意義は、「(可能性2)を排除すること」にあるのではなく、「エンタングルメントがモロに影響してくる繊細な状況においても理論が consistent であることを確認し量子論の土台を強固にする」ことにあるのだ、というのが僕の考えである。

/* ちなみに、(可能性2)は直接実験的に排除しなくても、量子論が現段階でこれほど成功しているという傍証から、棄却されると考えてよいと思う。*/


他の分野と違って理論ごとに異なった近似や仮定を置かない量子情報の分野では、実験で予想外の結果が得られることや、実験が純粋理論を先導することはないので、検証実験に限らず
量子論のconsistencyを確認すること
・実用を視野に入れて、人間の技術の到達度を確認する
という目的で、量子情報の実験は行われているんだと思います。(つまり、実験によって何かを証明するというスタンスではない、ということ)


以上、僕の考えたことを書き連ねただけなので、異論のある方、間違いを指摘してくれる方、歓迎しますね。