将棋と囲碁の違い

ここでの議論を見て思ったこと。


[Yahoo! 知恵袋] 将棋と囲碁はどちらが奥が深いですか?
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1110439321


違う土俵にあるものを比較するなんて馬鹿げている、と切り捨てようと思ったのですが、少し真面目に考えてみました*1 *2


まずはじめに。将棋の面白さを一言で説明しろ、と言われたら、多くの人は

  • シンプルなルール設定から、多種多様な対局が生まれること
  • (麻雀やTVゲームなどと違って)運ゲーの要素がなく、純粋に思考力の勝負であること
  • 最後の最後まで勝敗が分からないこと

あたりを挙げると思います。


しかし、上で挙げた点は全て囲碁にも含まれているだけでなく、囲碁のほうがより顕著であるように思えます。
一点目に関しては、将棋よりも囲碁のほうがルールはシンプルです。なぜなら、将棋は駒の初期配置や動かし方に(勝負を面白くするための)人為的な要素が含まれているからです。囲碁にも白番と黒番の優劣を解消するための「コミを6目半とする」というルールはありますが、将棋にはそれに相当するルールが「打ち歩詰め」「千日手」「二歩」などたくさん存在します*3
二点目に関しては、囲碁はコミがあるために白番と黒番のどちらが有利かは一概には言えませんが、将棋は必ず先手が有利になるので、振り駒で先手番を決定する時点で、若干の運要素が含まれてしまいます。
三点目に関しては、将棋の場合は終盤に強いプロ棋士が寄せの手順を読み切ってしまえば勝敗が判断できるのに対し、囲碁は(接戦の場合)「手入れ」を終えるまでどちらが勝っているか判断するのは人間には困難です。


それでは、将棋よりも囲碁のほうが奥が深いのでしょうか。
ここで断る必要があるのは、一点目と二点目は「囲碁と将棋の差は確かにあるが、決定的なものではない」と言えるでしょう。将棋のルールが囲碁より若干複雑だとしても、将棋や囲碁の局面がこれほど豊富であることに比べれば将棋のルールは「とてもシンプル」だと言って良いだろうし、将棋における先手番と後手番の勝率差*4も、実力差や戦略の差に比べれば僅かだと言えるでしょう。
重要なのは三点目ですが、「最後まで勝敗が分からない」ことの意味が将棋と囲碁では違ってきます。
囲碁の場合、終盤の指し手を考えるのに、自分が何目勝っているかを知る必要はありません。それに対して、将棋は自玉が詰めろなのか否か、相手玉に必死をかけられるか、などの形勢判断なしに指し手を決めることはできません。つまり、将棋の場合は「終盤で形勢判断を誤ったせいで勝敗が逆転する」ことがプロでも起こりうるのに対し、囲碁の場合は「終盤で形勢判断をする必要がない」と言えると思います。その点で、終盤に限定すれば、将棋のほうが見ごたえがあると言えるでしょう*5


以上の議論から、当初の仮説である「囲碁は将棋の魅力を部分集合として含んでいるので、将棋よりも奥が深い」とは言えないことが分かります。



僕の結論としては、将棋と囲碁の一番の違いは、中盤にあると思います。中盤において、


将棋は、目の前の問題を解決しなければならないのに対し、囲碁は目の前の問題を一旦放棄しても良い
というのが一番の違いだと思います。


将棋では、戦いが起こるまでは牽制し合うような手もありますが、一度戦いが起こってからは「今直面している問題にどう対処するか」と悩むケースがほとんどです。「手抜き」もありますが、「手抜くかどうかの判断」も難しい要素です。一方で、囲碁では戦いが起こっている場所だけに固執してしまうのは良くなくて、「難しい問題をどう解決するか」よりも「どのように問題をすり替えるか/別の問題を作るか」に重点が置かれると思います。


将棋の場合、感想戦で勝負手の是非を客観的に判断しうるのですが、囲碁の場合は勝負手のような決定打は存在しなくて、利得の蓄積の多寡によって勝敗が決定するように思えます。


結局、「どちらが奥深いか」という質問に対する答えにはなっていませんが、そんなものは答えられるはずもないので、このエントリーは「両方とも奥深いのだが、その違いはどこにあるのか」という質問に対して答えるものだと思ってください。

*1:僕は囲碁に関しては全くの初心者なので、以下で不正確な記述があればどんどん指摘してください。

*2:ちなみに、ベストアンサーに選ばれた回答は、局面や手数などのバリエーションを数値で比較していますが、これはナンセンスだと思います。この人の基準によると、碁盤の目の数を19マスより十分大きくすれば、必ず将棋よりも奥が深いことになってしまうので。

*3:しかもそれらが干渉しあって原理的な問題も生じています。例えば、最後の審判ステイルメイトと打ち歩詰めの融合 などを参照。

*4:ここの記述を鵜呑みにするなら、「将棋年鑑によると、この20年間の先手の勝率は50.6%から54.0%である」だそうです。

*5:一方で、将棋の序盤は定石がある程度定着しているのに対し、囲碁は布石の解釈が難しいため、序盤は囲碁のほうが難しいと思います。