Nielsen訂正表

量子情報の教科書

Quantum Computation and Quantum Information (Cambridge Series on Information and the Natural Sciences)

Quantum Computation and Quantum Information (Cambridge Series on Information and the Natural Sciences)

を読んでいると、証明が理解できないことが時々あります。


というか、中には簡単に反例が見つかるものもあるから、きっと定理の条件を書き換えないといけないんだろうけど、どんな条件があれば定理が成り立つか考えるのは、普通に定理を証明するよりもずっと労力を消費するので、困っています。。。
訂正表のページを見ても、スペルミスや自明なミスしか載ってないし・・・。
もちろん、量子情報の研究者はこの本の全ての章に精通している必要はないわけだから、いくつかの章は筆者(=Nielsen)の専門外なわけで、ミスを記載したNielsenを責めるわけじゃないんだけれども、量子情報を専門にする学生はみんな読んでるはずなのに、なんで誰も訂正しないんだろう、と思う今日この頃です。。。


というわけで、僕が気づいたミスをここに列挙してみます。と言っても、ちゃんと読んだのは10章と11章だけですが…。
本当はNielsenにメールしようかと思ったんだけど、独りで考えてるとうっかりすることもあるだろうし、ここに書いて誰かの反論を待ったり、時間をおいてもう一度考え直してみてからメールしようかと思います・・・。
本当は優秀な人と一緒にゼミがやったほうが効率が良いんだろうけど、東京には量子情報に興味を持ってくれる人がいなくて・・・。
早く大阪の大学院の研究室に行って、量子情報の学生たちといろんな話がしたいなー! 不動産の都合で引っ越しは3月28日くらいになりそうなんですが、(東京の友達と離れるのは寂しいけど)マンスリーマンションを借りて2月から大阪に行こうかなー、なんて考えてます…。



<ミスの箇所が分かるもの>

  • p.516, Exercise11.16


... have a common eigenbasis, and the ...
とありますが、基底が共通に選べるだけでは |i> ∝ ( |0>|0> + |0>|1> + |1>|2> ) などの反例があるし、アンサンブルの重みも共通に選べる、すなわち

... have common eigenvalues and eigenbasis, and the ...
と書き換えて初めて、必要条件を満たします。また、このとき十分条件も満たします*1



<ミスの箇所が分からないもの>

  • p.457, Exercise10.34


Let S = \langle g_1, \cdots , g_l \rangle. Show that  -I is not an element of S if and only if g_j ^2 = I for all j, and g_j \neq - I for all j.
とありますが、後者は前者の十分条件でない気がします。
反例:
Sの生成元としてg_1 =X, g_2=Yを考える:S=\langle g_1, g_2 \rangle
すると、g_1^2=I, g_2^2=I, g_1 \neq -I, g_2 \neq -I なので if 以下の条件を満たしているが、g_1g_2g_1g_2 = XYXY = -I となる。
それでは、この命題はSが proper な場合、すなわちS=G_nG_nnqubit のパウリ行列全体の集合(パウリ群)を表す)に限られるのかというと、そうでもありません。
S \neq Gとなる反例:
2qubit状態のstabilizerSの生成元としてg_1 = X_1 X_2, g_2 = Y_1 X_2を考えると、先ほどと同様にg_1^2=I, g_2^2=I, g_1 \neq -I, g_2 \neq -Iを満たすが、g_1g_2g_1g_2 = XYXY = -I となる。


どうせこの命題は、必要条件を証明する段階でSG_nの部分集合であることを使っている*2ので、あまり条件を加え過ぎると自明な命題になってしまい、どう訂正すれば良いか分かりませんでした・・・。


  • p.512, Box11.2


By calculus whenever |r-s| \leq 1/2 it follows that |\eta (r)-\eta (s)| \leq \eta (|r-s|). A moment's thought shows that |r_i - s_i | \leq 1/2 for all i, so ...
とありますが、\rho = diag(1/3, 1/3, 1/3), \sigma= diag(1, 0, 0) とすれば |r_1-s_1|=2/3 ( > 1/2)という反例があるので、後半部分は不成立です。それでは、前半部分の |r-s| \leq 1/2 が誤りかというと、今度はこの条件がないと|\eta (r)-\eta (s)| \leq \eta (|r-s|)が導けません(反例:r=2/3, s=0
i=1だけ別個に扱うこともできないし、この方針だと命題が示せないような気がしてなりません・・・。



<その他>

  • p.520のTheorem 11.12の証明過程で "For arbitrary matrices A and X" は、"A is a positive matrix" という条件を加えないとt乗が定義できない

とか、

とか、理解の妨げにならないようなミスはいちいち挙げませんでした。。。

*1:十分性を示すには、S(A) = S( {\rm tr} _B (\rho ^{AB} ) = \sum p_i \rho _i ^AS(B) = S( {\rm tr} _A (\rho ^{AB} ) = \sum p_i \rho _i ^Bに対して、p.518, (11.86)式を適用すると、S(A,B)=S(B)-S(A)を満たすためにはS(B)の上限とS(A)の下限を同時に達成しなければならないことが分かります。さらに、(11.79)式の等号成立条件(\rho _i must be identical for p_i > 0)を考えると、固有ベクトルの組とともに固有値も等しい必要があり、新しい命題に対しても十分性は成り立っています。

*2:S \in G_nでない場合に必要条件を満たさないという反例:   S= \langle C_3 \rangle = \{ I, C_3, C_3^{-1} \}とすれば、-ISの元ではないが、C_3 ^2 \neq Iとなる。