量子状態の近さの尺度
量子情報で、混合状態同士の近さを表す指標として、"trace distance"と"fidelity"がよく使われる。
trace distance :
一方の尺度で状態の近さを計算したら、他方の尺度での状態の近さについても上限と下限が分かるので、実質的にはどちらを使っても似たような情報を得られる。
fidelity:
trace distance のほうが、古典情報学での「似たようなデータ系列」という意味を反映していて直観的なのに対し、fidelity のほうが
- (特に一方が純粋状態の場合に)式が簡単で、計算しやすい
- (特に実験を行うときに)求めるべき行列要素の数が少なくて良い
という実用的なメリットがあるらしい。
それはそうと、任意の演算子同士に対して定義できる内積のひとつに、"Hilbert-Schmidt inner product"がありますよね。
Hilbert-Schmidt inner product : tr
内積を用いれば自然に距離が誘導されるから、次のように距離を定義することも可能なはずです*1。
Hilbert-Schmidt norm : tr
そこで僕の疑問。
なぜは距離の指標として用いられないのだろう。だって距離の公理を満たしているわけだから、
if and only if
という性質は満たしているはずなのに・・・。
ちょっと考えてみたら、以下のような反例を見つけました。
系の次元を(は自然数)とし、
とすると、とは台(support)が直交しているので、確率1で(決定論的に)区別できるはずです。
この状態に対して、trace distance と Hilbert-Schmidt norm を計算してみる。
trace distance は (trace distance の上限)となるので、「確率1で区別できる」という結果を正しく与えるのに対して、
Hilbert-Schmidt norm は となってしまい、結果が系の次元に依存してしまう。例えば、の極限で、 (状態は全く見分けがつかない)という誤った結果を与えてしまう。
という極限は、マクロ系の量子論を考えるときに重要になるので、ではなくを使うべき、という結論に落ち着きました。
*1:とがエルミート、従ってがエルミートであることを使いました。