透過波・反射波の位相について

高校の物理でニュートンリングのあたりの説明で,しばしば以下のような記述を目にします.


屈折率の大きな物質で反射される場合は位相が\piずれ,屈折率の小さな物質で反射される場合は位相がずれない.


当時はあまり疑わなかったのですが,この事実は何故成立するのでしょうか?


そんなことをふと疑問に思ったので,早速計算してみました.



媒質1から媒質2に垂直に電磁波が入射するケースを考える.
入射電場を\exp \{ i(kx-\omega t) \} ,反射電場をr\exp \{ i(k'x-\omega 't+\delta _r ) \} ,透過電場をt \exp \{ i(k''x-\omega ''t + \delta _t ) \} とします.ここでエネルギー収支の式から,r^2+ \alpha t^2=1\alpha \equiv \sqrt{\frac{\epsilon _2 \mu _1}{\epsilon _1 \mu _2}})となります.
さらに,境界での電場・磁場の接続条件を考えることによって,r=\frac{|1-\alpha |}{1+\alpha }t=\frac{2}{1+\alpha}が導かれます.

(ここまでの6行は前エントリーと共通なので,詳しくはそちらを見てください)


x=0での電場の接続条件より,\exp (-i\omega t) + r \exp (-i\omega 'r + i\delta _t ) = t \exp (- i\omega ''t + i\delta _t).これが任意の時刻で成立するためには\omega = \omega ' = \omega ''なので,代入すると,1+r \exp (i\delta _r) = t \exp (i\delta _t)を得る ―――(*)


(*)式の左辺第2項を右辺に移項して絶対値をとって,1=t^2 + r^2 - rt \exp \{i(\delta _r - \delta _t)\} - c.c.\cos (\delta _r - \delta _t ) = (1-\alpha )\frac{t}{2r} = \frac{1-\alpha}{|1-\alpha |}となります.これは\alphaの大小によって,+1または-1の値をとります.
まとめると,

  •  \alpha > 1のとき,\delta _r - \delta _t = \pi.すなわち透過波と反射波に位相差\piが生じる.
  •  \alpha < 1のとき,\delta _r - \delta _t = 0.すなわち透過波と反射波に位相差が生じない.
  • \alpha = 1のときは反射が起こらない)


次に,(*)式の実部と虚部の比をとって,分母を払うと,r\sin \delta _r \cos \delta _t = (1+r\cos \delta _r )\sin \delta _tr\sin (\delta_r - \delta_t)=\sin \delta_tとなる.\delta _r - \delta _t = 0\delta _r - \delta _t = \piのいずれの場合も,\delta _t = 0または\delta _t= \piとなる.
\delta_tの可能性が2通りあるのですが,ここで特別なケースとしてt=1(従って,r=0)を考えると,何も反射が起きないのだから,\delta _t=0でなければなりません.
t\neq 1についても,透過率を変化させた時に物理現象が不連続に変わらないことを自然に仮定すると,透過率の振幅tがゼロでない限り\delta_tが連続的に変化する必要があります.t=0(完全反射)についても,極限t \rightarrow 0とみなせば*1,やはり\delta_t=0が成り立ちます.その結果,反射率・透過率によらずに\delta_t=0と言えます.


ひとつ前の結果と合わせて,

  •  \alpha > 1のとき,\delta _t =0, \delta _r = \pi.すなわち反射波の位相が\piずれる.(透過波の位相はずれない)
  •  \alpha < 1のとき,\delta _t =0, \delta _r = 0.すなわち反射波の位相はずれない.(透過波の位相もずれない)

となります.



それでは,\alphaの意味を解釈してみます.媒質1,媒質2での伝播速度をc_1,c_2,屈折率をn_1,n_2とすると,
\alpha \equiv \sqrt{\frac{\epsilon _2 \mu _1}{\epsilon _1 \mu _2}} = \sqrt{\frac{\epsilon _2 \mu _2}{\epsilon _1 \mu _1}} \frac{\mu_1}{\mu_2} = \frac{c_1}{c_2}\frac{\mu_1}{\mu_2} = \frac{n_2}{n_1}\frac{\mu_1}{\mu_2}となります.


普通の絶縁体*2は磁性を持たない(と考えられる)ので\mu_1 = \mu _2 =\mu _0\mu_0は真空の透磁率).これを代入すると,\alpha = \frac{n_2}{n_1}となるので,

  • 屈折率の大きな物質で反射されるとき,反射波の位相が\piずれる.(透過波の位相はずれない)
  • 屈折率の小さな物質で反射されるとき,反射波の位相がずれない.(透過波の位相もずれない)

という,よく知られた結論が得られます.


一見もっともらしい議論*3なのですが,赤字の部分が僕には引っ掛かりました.
確かに,ありふれた絶縁体の透磁率は真空の透磁率にとても近いですが,例えば比透磁率\mu _r = 1.2とか,\mu _r =1.5とかいう物質が存在しても良いような気がします.
そのような物質に対しては,


屈折率の大きな物質で反射しているのに,位相がずれない
といったことも生じうるのでしょうか??

ちょっといろんな人にこの事実を伝えたいので、結果のところだけ英語で書いてみます^^
Many people believe that the phase of the light flips when reflected by materials with higher index of refraction. However, I have proved above that whether the phase flips or not is NOT determined by the ratio of index of refraction (= n_2 / n_1) BUT the ratio of index of refraction times magnetic permeability (= n_2 / n_1 * mu_1 / mu_2) !

屈折率の大小は,近似的な判定基準に過ぎなかったことが,僕には衝撃だったのですが,皆さんはどうでしょうか?

*1:ただし,完全反射はここで扱っている「分極」の描像ではなく,透過側を「完全導体」として扱うほうが適切です.すなわち,「振幅が無限小の電磁波が透過側に侵入する」と解釈するよりは「電場の方向に(オームの法則などに近似的に従って)電流が流れ,電場が打ち消されるため,電磁波は生じない」という扱いのほうが適切なので,ここでの議論はt=0に適用できない,という立場でも良いでしょう.

*2:ここで「絶縁体」と言ったのは,ここでの議論が媒質1,2が絶縁体のときにしか成立しないからです.脚注1でも触れたように,ここでは両方の媒質中で電磁波が存在しうることを仮定しています(i.e. 誘電率透磁率が定義できることを仮定しています).絶縁体でない場合には,本文で述べたのとは違った議論が必要です.   従って,比透磁率が1でないものを探すときに,鉄やニッケルなどの金属を例示することはできません.

*3:とりあえず計算を始めてみたものの,何も仮定せずにこんなことが導けるとは予想していなかったので,その点だけでとても驚きでした.   僕はこのような議論を目にしたことがなかったのですが,物理学科の皆さんには既出の話題だったのでしょうか??  あ,もしかしてヘクトの「光学」あたりに載ってるのかな? 明日確かめてみよう・・・.