混合状態ってなぁに

この前の理物コンパで,後輩に絡まれました.
別に,893的な意味ではなくて(笑),鋭い質問を浴びせられましたww



密度演算子ってなんですか.混合状態とは,純粋状態とは別個に,新しい概念を定義したものなのですか.
いや,混合状態という概念は,あくまで方便です.
もし,この宇宙全体の量子状態を知っていれば,宇宙膨張とか,基礎法則の一般相対論との融合とかを除けば宇宙全体の状態を一つのヒルベルト空間の元(純粋状態)で表すことが可能です.その状態においては,ひとつの実験室や,ひとつの実験系に注目すると,残りの無数の自由度ととても複雑にエンタングルしているはずです.
しかし我々には,宇宙空間に存在する全素粒子の自由度を追いかけることは不可能なので,それらの自由度を「見ない」ことにします.ある自由度の情報を「見ない」ことが,数学的には「部分トレース」に相当しています.純粋状態を表す密度演算子の部分トレースをとると,新しい密度演算子は複数の項の足し算になり,それを混合状態と呼ぶわけです.



なぜ,部分トレースが「残りの自由度を見ない」ことに対応するのですか? 部分トレースの物理的意味は,(定義から直接分かることは)注目していない自由度に対して理想測定をしたあとで,測定値という古典情報を捨てること*1ですよね.後者では残りの自由度に対して,実際に物理的な影響を与えていますが,前者は,見ていない自由度に対して何か物理操作をするわけではないですよね.
仮に(現実的には不可能だけれども,)任意の瞬間に,今考察している系以外の自由度に対して全て理想測定を施すか否かを自由に選択できる,と仮定する.
ある時刻に,考察対象の系の性質を調べるときに,

  • その直前の時刻に,系の外の自由度全てに対して理想測定が施されていた
  • なにも起きていない

のいずれであっても,系の性質に影響を与えないはずです(因果律クラスター分解性).
だから,「残りの自由度を見ない行為」と「残りの自由度を測定して,測定値を捨てること」は,考察対象の系のみに注目する場合には原理的に区別ができないのです.



でも,因果律の議論は各瞬間にしか適用できませんが,混合状態を時間発展させる場合にも,各アンサンブル同士を古典的な確率で足し合わせて構わないのでしょうか….
この辺から,酔った状況で即答できずに,間違ったことを答えた気もしますが…
閉じた系の混合状態であれば,系の性質を調べる時間が無限小であろうと,有限であろうと,興味のない自由度の時間発展や測定による物理的な影響が,考察対象の系に伝わることはありません.
但し,開いた系であれば影響が伝わってくるので,その影響を(ノイズetc.として)考慮する必要があります*2 *3.また,見ない自由度の測定値という古典情報を,観測者が知ってしまった場合には,全く話が別になります.


ちょっと不思議な感じがするのは,きっと「閉じた系」という概念を導入する段階で,極端に理想化しているからでしょうね.
良く考えたら,ひとつ前の因果律の議論も,ちょっと曖昧ですよね(空間的にまたがっている自由度もあるはずだし).
今までも,物理で見かけるちょっと不思議な性質は,たいてい大胆な理想化に起因するものが多かったようですし….

*1:この主張の前提として,ボルンの確率解釈を公理として受け入れる立場をとっているとします.

*2:例えば,アンサンブルの重みをカノニカル分布とみなす議論では,系は熱浴と十分に相互作用しています(開いた系)が,緩和に要する時間が十分に長い(他の自由度から来る影響が十分に小さい)と仮定して,系の通常の時間発展を議論するときにはアンサンブルの重みが時間変化しないとみなしているのだと思います.

*3:但し,ハミルトニアンの中に,時間に依存する場が含まれている場合に関しては,開いた系であるにもかかわらず,系の振る舞いがその他の自由度の振る舞いに影響されないという特殊な状況にありますね.